日本のフリーアナウンサーであり、そのほかテレビ番組の総合司会者、ニュースキャスター、タレント、実業家……と、多岐にわたる活動をされるみのもんたさん。
アナウンサーとしては、2005年~2014年まで放送していた情報番組「みのもんたの朝ズバッ!」(2013年-「朝ズバッ!」に改題)に出演し、朝の顔としても親しまれました。
そんなみのもんたさんの妻は御法川靖子(みのりかわやすこ)さん。
妻であり、またみのもんたさんの専属スタイリストでもあり、2つの役割で長年みのさんを支えてきました。
しかし、御法川靖子さんは2012年に亡くなっています。
この記事では、以下のポイントをまとめています!
- みのもんたさんの妻・御法川靖子さんについて
- 妻・御法川靖子さんの死因は病気
- みのもんたさんと妻・靖子さんのなれそめ
- みのもんたさんと妻・靖子さんの最後の夫婦旅行
- みのもんたさんの現在
【顔画像】みのもんたの妻は御法川靖子!
出典:NEWSポストセブン
御法川靖子さんは、みのもんたさんのスタイリストでした。
ニュースのキャスターに、バラエティ番組の総合司会者に、毎日引っ張りだこのみのもんたさん。
靖子さんはその専属スタイリストとして、毎番組みのさんの衣装をスタイリングしていました。
みのさんと靖子さんのことを知る、TBSの関係者はかつてこう語っています。
みのさんには毎日オンエア前に衣装姿をカメラで撮って、スタイリストである奥さんに送るという”儀式”がありました。みのさんは同じ衣装を着たことがないと言われますが、奥さんが色みや形も偏らないよう確認していた。若手スタッフにも低姿勢で気遣いを見せる奥さんで、“縁の下の力持ち”でした
出典:AERA.dot
関係者の方によると、みのさんは必ずオンエア前に衣装を身につけた姿を撮影し、スタイリストの靖子さんに送っていたそうです。
靖子さんは衣装そのものだけでなく、色や形までも偏らないように調整していたとか。
また、靖子さんは現場で若手スタッフにも物腰が低く、気配りを欠かさない方だったとのこと。
このお話ひとつでも、靖子さんの素敵なお仕事・お人柄が伝わってきますね!
みのもんたと妻のなれそめは大学のクラブ活動!
出典:ORICON NEWS
みのもんたさんと妻・靖子さんは、同じ立教大学の先輩・後輩でした。靖子さんが1つ歳下で、後輩にあたります。
2人の出会いについて聞かれると「大学で出会ったんですが、相手にされませんでした」と初めは片思いだったことを明かし、昔を思い出したのか、笑顔も見せた
出典:エンタメovo
みのさん曰く、初めはみのさんの片思いだったそう!
2人の出会いは放送研究会!
2人が出会ったのは、立教大学の放送研究会。
大学在学中はずっと先輩・後輩の関係性だったようですが、みのさんが大学を卒業し、文化放送に入社してから交際に発展しました。
1970年11月、当時26歳のみのさんと、24歳の靖子さんが結婚します。
また、みのさんは靖子さんと放送研究会で一緒だった時の思い出も語っています。
(放送研究会の)合宿があったり、小旅行があったりすると、女の子たちがちっちゃなお弁当を持ってくる。われわれ男性陣がそれをつまむんですけど、うちの女房のが一番うまかった
出典:smart FLASH
40年以上も前の思い出をありありと語れるところに、みのさんから靖子さんへの愛が見えますね。
みのもんたの妻はがんで闘病生活をしていた!
出典:JIJI.com
2011年7月、長年腰痛に悩まされていた靖子さんが一層強い痛みを覚えて病院に行くと、末期がんの告知を受けました。
強い腰の痛みは、皮膚がんが骨に転移したことで起こったものでした。
靖子さんが亡くなった時の会見で、みのさんは詳しい病状について話しています。
がんです、最後は末期がんです。最初は皮膚病のような気持ちでいたらしいですけれど、皮膚がんという状態だった。残念ながら皮膚でとどまらず骨に転移して、(医師の話では)10年近くになるんじゃないかなというお話。言われてみれば、10年以上前から腰が痛いとか、腰痛を治療したいと、マッサージとか指圧に通っていました。
出典:MANTANWEB
みのさんによると、腰の痛みはマッサージや指圧に通ってもよくならず、とうとう歩くことにも支障が出てきたため病院に行ったそう。
そして、「骨の異常」という診断を受けたとのこと。
そこで、靖子さんの腰痛が「がん」であることが判明し、急遽がんセンターでの手術と、抗がん剤や放射線での治療が始まりました。
みのもんたと妻の最後の夫婦旅行が素敵すぎた!
出典:読売新聞オンライン
闘病生活の始まった靖子さんでしたが、診断を受けた翌年の3月に通院での治療の許可が出ます。
それまでの長い入院生活が一旦落ち着き、がんの治療が順調であることと、みのさんが長期休暇を取れそうであったことから、2人はその年の5月ごろに“最後の”ニューヨーク旅行へ出かけます。
滞在日数は当初2週間の予定でした。
ニューヨークに着いてから、5日目までは元気だった靖子さん。しかし6日目の朝に鼻血が出てしまい、異常を感じて帰国。
成田空港から病院へ直行し、そこで小脳への転移が判明しました。
その後、帰国から1週間が経った2012年5月22日に、靖子さんはこの世を去りました。
この最後の夫婦旅行の内容は、すべて靖子さんによるセッティングだったとか。
美術館巡りとショッピングが主で、みのさんも靖子さんも楽しく過ごされていたそう。
死後もみのさんを支える靖子さん
靖子さんが亡くなった後、神奈川県の自宅に戻ったみのさんは、衣装室を見て驚きました。
なんとそこには、みのさんが番組に出演するための衣装のコーディネートが、6月分までずらりと並んでいたそう。1組ごとに、日付まで書かれていました。
靖子さんは最期まで、そして自分がそばにいられなくなった後にまでも、みのさんのことを支え続けたのです。
みのもんたの現在
出典:スポニチ
みのもんたさんは現在80歳。
2021年以降はテレビに出演することがほとんどなく、所有する会社の経営などをしながら過ごしているようです。
みのさんは2019年に「パーキンソン病」と診断され、闘病中であることを明かしていました。病気との付き合いがあることには変わらないようですが、現在も活動的なところは変わりない様子。
全盛期には朝の顔として活躍していたみのさん。いつまでも元気に過ごしていただきたいですね!
世間の声
みのもんたさん、若い頃は不遇な時代があって大変苦労されたことを思い出す。TBSの入社試験に落ち、ラジオ局の文化放送に入社していくつか番組を持つも上層部から冷遇されてアナウンサーとは全く違う畑違いの部署へ行かされて退社。
その後、フジテレビの方の目に留まり、プロ野球珍プレー好プレーのナレーションで一世を風靡し、その後はフリーアナウンサーとしてメキメキ活躍するようになって良かった。(後略)
出典:YAHOO!ニュース
自分にとってみのさんと言えば、プロ野球の珍プレー好プレー大賞のナレーションです。選手の口の動きが見事に合っているかのようなみのさんのナレーションが印象に残っています。声の力や影響って凄いと思います。
出典:YAHOO!ニュース
みのもんたさんがお元気で嬉しい。
母が生前、番組を楽しく、よく見ていました。
その頃の事を懐かしく、思い出しました。みのさん、お体に気を付けて、
お元気で長生きして下さい。
出典:YAHOO!ニュース
本当に良かったお元気そうで。
みのさんのワイドショーもよく見ていましたよ。時々、元気なお声をお聞かせください。
出典:YAHOO!ニュース
昔、朝ズバッ!をやってた頃のTBSで働いていた事があるけど、4時半になると、5階ではみのさんの「おはようございまーーーーーす!」という、本当にフロア中に響くくらいの声が聞こえて来る
朝、朝スバをやって、そのまま日テレに行って、おもいっきりテレビやって、バラエティの司会を幾つもやって、週末は銀座に繰り出して。
本当にタフな人だと思う
出典:YAHOO!ニュース